ギャラ間「乾久美子研究室」展

乃木坂のTOTOギャラリー・間で開催中の企画展関連講演会を建築会館で聴講。その前に会場を見て、講演内容と合わせて見聞したことを記す。
本展の正式タイトルは、「乾久美子+東京藝術大学 乾久美子研究室 展ーー小さな風景からの学び」であり、乾氏単独の展覧会という体裁をとっていない。同大学の准教授でもある乾氏が、研究室の学生たちと共に、昨年5月から45都道府県・265カ所で「気になった風景」を撮影、膨大に集まった写真を、皆で決めたキーワードごとに分類、そこからみえてきたものが今回改めて提示されている。


撮影には幾つかのルールを設け、例えばアングルは、給水塔や溶鉱炉の写真集で知られるドイツのベッヒャー夫妻の写真のように、対象を真ん中に据えることとした。
夏休みを挟んで約半年の間に集まった写真は18,117枚。そのうち2,282枚を本展に採用、展覧会にあわせて刊行された書籍『小さな風景からの学びーーさまざまなサービスの表情』(TOTO出版、2014年)にも収録している。また書籍では撮影地も明らかになっている(この編集・校正作業はさぞかし大変だったろう)
研究室では早い段階から作業の効率化を計り、写真の類似性を共有化した。設定したキーワードは「並び方」「散らばり方」「にぎやかし」といった感覚的なもの。最終的にaからvまで22のグループ、さらに細かく176の「ユニット」に分類された(気の遠くなるような分類作業の様子は、本展フライヤーで垣間見ることができる)。

例えば、d:「集まり方」のグループの一部で、d-3:双子、d-5:親子、d-7:似たものの集まりd-8:類似と差異・・・といったユニットの写真。下の画像は、h:「見せ方」における展示の一部。各グループとユニット名称は、パネルの足下に置かれた椅子の座面と、会場配布物に明記されている。
上の右の画像: 82×13センチのサイズで渡される 両面印刷の配布物は、折り曲げると展覧会場を模した形態に。
4F会場。こちらの壁もリサーチ写真で埋め尽くされている。

今回のリサーチにおいて、参加学生が乾氏の云う「なんかいいよね」という景色がどういった質のものなのか、その感覚を理解することから始まり、作業がある程度進んで後は、学生各個の主観が衝突し、一時は険悪なムードも流れかけたそうだが、だんだんと「これ、いいよね」という感覚が不思議と一致してきたのだそうだ。
会場では単に写真を見せるだけでなく、来場者向けに、本展に準じた幾つかの「小さな風景」を用意している。4F会場にストライプのカーテンが掛けられているのもそのひとつ。


3Fテラス。
参考文献や協力者のクレジットが表記された板が、ギャラ間常設の石の彫刻作品を「取り囲む」の図。その周りの黄色いビールケース、外階段の廊下の先や3F会場に置かれた椅子などが何を模しているのか、会場で探して照合してみよう。「とりあえずベンチ」や「一糸乱れぬ椅子」など10から11の仕掛けがあるらしい。
会期は6月21日まで、 日曜・月曜・祝日休館。オープンは11-18時、入場無料。

TOTOギャラリー・間
http://www.toto.co.jp/gallerma/

乾久美子研究室展 小さな風景からの学び
http://www.toto.co.jp/gallerma/ex140418/index.htm



本展のきっかけとなったのは、2011年に乾氏が東日本大震災の被災地を訪れた際に偶然、出会ったある光景。津波に襲われた海辺の町を見下ろす小高い山の一角に、学校の教室で使われているような簡素な椅子が2つ、日常生活を奪われた市街地を見下ろすように並んでいた。痛ましさを覚えつつもこの光景に深く心を動かされた乾氏は、 躊躇しつつもその景色をカメラに残した。
以来、空間として「なんとなく」魅力を感じる場所を撮りためつつ、その「なんとなく」とは何なのか、乾氏はずっと気になっていた。そして2011年に乾久美子設計事務所がデザイン監修者に選定された「延岡駅周辺整備プロジェクト」においては、住民の為に「何をつくるのか」「なぜつくるのか」という自問が続く。


延岡市リリース(2011年3月11日)
http://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/contents/shoukou/kasseika/nobeokastation/index.html

ブログ「延岡駅周辺整備日誌」
http://d.hatena.ne.jp/nobeoka-project/

同ブログ~乾氏による日誌開設のあいさつ(2011年4月2日)
http://d.hatena.ne.jp/nobeoka-project/20110402/1301733529

studio-L~延岡駅周辺整備プロジェクト関連ページ
http://www.studio-l.org/project/12_nobeoka.html


今回のリサーチの結論として、乾氏は「人の便益にかかわる(註/生態学の分野で言い表される)『サービス』という視点から一元的に眺めることができる」という(書籍『小さな風景からの学び』より)。前述・被災地で出会った光景も、地形、木、人、そして(異常な)状況が提供するサービスの総体であるとしている。

注記:環境省サイト~(略)~語句説明ページより以下転記
生態系サービス:人々が生態系から得ることのできる便益のことで、食料、水、木材、繊維、燃料などの「供給サービス」、気候の安定や水質の浄化などの「調整サービス」、レクリエーションや精神的な恩恵を与える「文化的サービス」、栄養塩の循環や土壌形成、光合成などの「基盤サービス」などがある。


これらの「サービス」が過去の作品においてどのように反映されているのか、講演会後半では《アパートメントI》、《スモールハウスH》、《フラワーショップH》、《共愛コモンズ》、《みずのき美術館》、進行中の「釜石市唐丹小中学校計画案(仮)」などを例に解説が試みられた。

延岡で進行中のPJでは、「地方都市に不足しているのは(機能ではなく)人のいる風景ではないか」とし、それらを回復するためにアクテヴィティを可視化し、整備計画のメインとなるJR延岡駅舎をいわばメディア化させる方針。駅舎の中にはコンコース、市民コミュニティのスペース、事務所という3つの機能を持たせることが前提となっている。乾氏はこれらの状況を「ちらし寿司」と呼称していたが、3つのエリアを孤立させず、外部と内部の空間が混ざり合うようなイメージで、 ワンフロアに緩やかに配置する予定。

追記:乾久美子講演会「小さな風景からの学び」「(2014.5.29公開YouTube動画、再生時間:1時間43分)

展覧会をみた後、乾氏の講演を聴きながら、今和次郎(1888-1973年)の「考現学」を想起した。リサーチ対象や範囲、調査ツールやアウトプットは現代のそれとは大きく異なるが、目の前の事象を捉えようとするまなざしは同じではないかと。 奇しくも、今和次郎は乾氏が出た東京藝術大学の前身東京美学校の出身という、奇しくもの偶然。




+飲食のメモ。
ギャラ間から徒歩約1分、ナスカの地上絵(猿)が迎えてくれるペルー料理専門店にて、かぼちゃと芋を練り込んだドーナッツ「ピカロネス」とコーヒーをいただく。3個で550円(税込)+セット料金のコーヒー200円。
出てきたドーナッツは揚げたてのホッカホカ。かぶりつくと、中身は黄色い。日本のものとは違って、それじたいは甘くなく、ソースの黒蜜が甘い。
そそられる写真付きの外看板の売り文句の通り、初めて味わうドーナッツであった。演歌みたいなムーディな南米のBGMをバックに、ペロっと平らげる。
おいしゅうございました。ごちそうさまでした。

ペルー料理 ナスカ
http://nazca-nogizaka.jp